探偵はバーにいる (ハヤカワ文庫JA)



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探偵はバーにいる (ハヤカワ文庫JA)

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ハードボイルドとの論評に疑問

風間ハードボイルドを好む者としては、既レビューにも書かれているのと似たような理由、つまりタイトルだけで内容までもが容易に想像できるようで、しばらく手をつけづにいたのですが、処女作(<作者の本来の感性・資質が最もわかる)くらいは読んでおくか、ということで読んでみました。読後感は変わらず、というか残念というか、主人公である探偵の年齢設定と、口調・行動がどうしても終始違和感を覚えました。数々の乱闘描写も白けます。いったん違和感を覚えたら、この手の読み物はどうすることもできません(肌にあいません)。特にハードボイルド=風間作品の主人公たち、という観念がある場合です。そういう偏見を抜きにして、こういう若く、世間感覚の登場人物の、ハードボイルド系を画策したフィクション物と割り切ればなんとか消化できます。
生ゴミとゴムの匂い

ソフト・ハードボイルド(何じゃそりゃ)とでも言うのでしょうか。

語り口はハードボイルドなのに会話が全然普通で、最初は、そこがどうもな?と思っていたのですが、徐々にその不思議な会話のリズム感が説得力ある感じになってきました。

ただどうしても、小汚い場末の飲み屋や、ヤクザの手下のヤク中のチンピラや、下卑た女子大生は、不潔でかなわない。混沌とした中に何か真実をつかもうとする気持ちは分かるんだけど、それは不潔でなくてもできるだろうって感じ。主人公の散らかった部屋や、繁華街の裏口や、デートクラブの事務所や、ラブホテル、と出てくる場所がすべて生ゴミとゴムの匂いがしそうな場所ばかりなのも辛い。

この不潔な環境にガマンできるのは、主人公の若さの証拠なんでしょうが。音楽や女優の好みやら、そこだけ取ってつけた"趣味の良さ"をアピールするエピソードも、人間関係も、鼻白むものが多いし。作者の若さのせいなのか。

そこらへん変わって来ますかね。次作はどうしようか。
聖なる酒場の「俺」

特定の地域を限定にした探偵ものか・・・と思いながら購入。飲んでいる酒の種類は聖なるハードボイルドのカクテルで、依頼の受け方はマンハッタン・ニュヨークで便利屋探偵業をやってるおっさんと似ており、「俺」に向かって「聖なるカクテルをがぶ飲みするな!」と注意したりする自分が楽しかった。

男族たいていの奴が持っている「後輩の面倒を見てやる」という心情をくすぶりながらストーリーは展開していく。やたらと便利な友人、気の弱いロマンティクな依頼人の後輩、言い訳で固めた娼婦業を営むその彼女。「ススキの界隈で最高に素敵な娼婦」なかなかよい登場人物設定です。あっと言う間に読みふけるモテナイ「俺」に「バカ」とつぶやきながら読める探偵ものです。
札幌に住んで味わう軽ハードボイルドの醍醐味

 札幌に越して来て5年。だと言うのに、ぼくはこのススキノ作家・東直己の本を一冊も読んでいなかった。1992年、つまり10年前にハヤカワミステリーワールドという日本人作家のミステリ・シリーズが早川書房でスタートしたときにも、東直己の方は、新人作家ということでさほど興味を覚えずに、そのままぼくは東直己という作家を素通りしてしまった。

 一つには作品名が気に入らないっていうのがあった。『探偵はバーにいる』だ。なんだか臭い、品がないと感じたのだった。その頃ぼくの読書的天敵と言えば、多作作家。彼らのタイトルに対するこだわりのなさや、ふざけ加減が、どうもいい加減な仕事のように思えて反感を感じていたから、この東直己も、正直同類だろう、くらいに思っていた。だってタイトルがいかにも軽そうだ。

 でも実に10年の時を要して、ぼくはこの作品のページを開いた。ぼくの渋る背中を押してくれたのは他でもない、多くの読者たちの東直己賛美だ。悪く言う人というのをあまり聞かない。それどころか書店での東直己コーナーは厚みを増すばかりだ。札幌だけの現象なのかもしれないが、それにしても作品が増え、賞を取り、いやでも名前を聞くようになる。ある日妻が街で東直己を見かけたらしい。ぼくが読まず嫌いだった作家は、ぼくの知らぬうちにそのくらい有名になっていた。

 読んでみて面白かった。軽ハードボイルドと誰が言ったのか知らないが、ぴったりくる小説かと思えた。随所にユーモア。風来坊な主人公。不細工で弱点だらけで、自動車の運転ができず、いつでもどこでもウイスキーをタンブラーになみなみと継いでもらい、ススキノを漂流して歩く男。なんだ、探偵でも何でもないじゃないか。

 そう。ぼくは先入観から、いわゆるトラベル・ミステリーみたいな探偵を思い描いていたのだ。そんな「探偵」では全然なかった。いい加減な28歳の若造と言われてもおかしくない自由業の男が、いい加減な生活のなかで、適度に自分の方法を見出しつつ、便利屋をやって人さがしをやって、周りと折り合いを付けながらススキノで生きてゆく、割と生活臭の漂う、大人の小説であったのだ。

 意外だった。たちまち面白さに取り憑かれた。全作読んでみたくなってしまった。街の紹介、脇役陣の紹介などが多いように見えるが、作者はきっと最初からシリーズ化をもくろんでいたのだと思う。シリーズのスタート作だと一度思ってしまえば、それ以外のものには決して見えない作品だ。何故か。ススキノへの愛着。多くの酒場への愛着。作品にそれがいやがおうでも漂っていることだからだ。

 札幌に住んで5年経った今、ようやくこれを手にして、味わい深いものを感じる。通りやビルやその他のもろもろに、多く親しみを持って読むことができる。わが身の生活タイミングとのシンクロを考えると、10年遅れて読むことになってしまったいきさつについても、そうあながち悪いことではないような気がしてきた。



早川書房
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